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松江地方裁判所 昭和23年(行)29号 判決

原告 黒川直枝

共同訴訟参加人 黒川一生

被告 中條村農地委員会

一、主  文

別紙目録記載の農地について昭和二十三年十月十一日被告が自作農創設特別措置法に基いてなした買收計画決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨

主文と同趣旨

三、事  実

(原告の主張)

(一)  請求の原因

被告は、訴外山辺春市の請求に基いて、別紙目録記載の農地が昭和二十年十一月二十三日(基準日)現在において自作農創設特別措置法第三條第五項第二号にいわゆる自作地で当該自作地について自作農以外の者が請負その他の契約に基き耕作の業務の目的に供しているもの(仮裝自作地)であるとなして、昭和二十三年十月十一日附右基準日現在における事実に基きその買收計画を決定した。しかしながら、右買收計画は以下に述べるような理由で違法であることは明白である。

(1)  前記農地は原告の長男である参加人一生の所有地であり、昭和十九年同人の應召後原告は家族と共に右農地の耕作に從事していたものであつて、純然たる自作地である。原告は、昭和二十年十二月上旬右農地の裏作につき山辺春市の妻キミを耕作のために雇傭したことはあるが、右農地につき同年十一月二十三日以前に山辺春市との間に何等の契約も結んだことはない。しかも、右農地は、同年九月中の水害により土砂が流入し、一時畑として利用せざるを得なくなつたものではあるが、元來は水田なのであるから、右農地が自作地であるか否かを決するには水田耕作を中心にして定めなければならないものであるところ、昭和二十年度の水田耕作は原告方に於て自作したのであるから、仮にその裏作につき如何なる契約をなしたにせよ、前記基準日当時に於ける右農地が原告方の自作地であることは明白である。

(2)  遡及買收の結果、買收農地の所有者の生活状態が、遡及買收の請求をなした者の生活状態に較べて著しくわるくなる場合には、遡及買收をなすことの許されないことは、自作農創設特別措置法第六條の二第二項第四号の規定の精神に照して明白である。然るに、原告方は主として農業により生計を立てているものであるのに、前記農地を買收せられるときは、他に右農地に隣接する田約五畝歩と原告方宅地内の畑約一畝十歩並びに西郷町岬に於て原告の次男武次郎の開墾した痩せ畑約一反七畝歩を余すのみとなり、とうてい原告家一家の生計を農業により維持することは不可能となり、原告方の生活状態はきわめて悲惨なものとなるのである。一方山辺春市は從前別紙目録記載の農地の賣渡を受ける以前には田一反七畝十五歩、畑約一反を耕作していたが、現在では別紙目録記載の農地一反九畝十五歩を加えて水田五反七畝、畑九畝二十歩を耕作しているものである。

從つて、本件農地の遡及買收の結果、原告一家の生活状態が山辺春市一家の生活状態に較べて著しく惡化することは明白であるから、右遡及買收は違法である。

そこで原告は、前示農地買收計画の取消を求めるため、本訴請求に及んだのである。

(二)  被告の本案前の抗弁に対する主張

(1)  本件農地は、参加人の所有であるが、同人は原告の長男であり、且つ原告と同居している。そして、同人が昭和十九年應召して昭和二十二年九月二十八日帰還するまでの不在中は勿論、その後も引き続き現在に至るまで原告において本件農地を管理し、その耕作の業務を営んで來たのであるから、原告は、本件農地買收計画に対しその取消を求めるについて法律上の利害関係を有し、從つて、原告は本訴について当事者適格を有するものである。

(2)  原告が本件買收計画に対し訴願の裁決を経ないで本訴に及んだについては正当の理由がある。

(イ) 被告は、はじめ本件農地を前記山辺春市の小作地として自作農創設特別措置法第三條第一項及び第二項を適用して昭和二十三年七月三十日その買收計画(原買收計画)を定めたので、即日参加人から被告に対して異議の申立をしたところ、同年八月十九日右申立が却下されたので、同年九月一日島根縣農地委員会に訴願したのであるが、それに対する何等の裁決がないうちに、被告は、同年十月十一日附で原買收計画を取消し、更に同日附で本件買收計画を定めたものである。そして、原告は、同月三十一日訴願書の還付と同時に前記各処分の通知を受け取つて、はじめて本件買收計画の定められたことを知つたのである。それまでは、原告としては、原買收計画に対する訴願の審理が続けられているものとばかり信じていたわけである。そして、原告が本件買收計画の定められたことを知つた時にはもはや本件買收計画に対する縱覧期間を経過していたため、やむを得ず異議の申立及び訴願を経ないで本訴を提起したのであつて、本件買收決定に対する異議申立期間の徒過については原告側に何等の責任もないのであるから、かような場合は、異議の申立及び訴願を経ないで訴を提起するについて正当な事由がある場合にあたるのである。

(ロ) 本件買收計画は前示昭和二十三年七月三十日附の買收計画と全然内容が同一であるが、後者に対しては既に異議訴願を経たものであるから、再び前者に対し同様の異議、訴願を経ることは徒らに手数と費用を重ねるのみで何等実益がない。

(ハ) 前述の通り、原告一家は本件農地買收により生活の本拠を失いその損害は重大であるから、一日も早く本件農地買收計画の取消を求める必要があり、訴願の裁決を経ることによつて、その取消が延引することとなれば、原告一家は著しい損害を被るおそれがある。

(被告の答弁)

(一)  本案前の抗弁

(イ)  原告は、本件農地の所有権者でないから、本訴について当事者適格がない。

(ロ)  本件農地買收計画に対しては、異議の申立及び訴願を経ていないから、本訴は行政事件訴訟特例法第二條に反し不適法である。

(二)  本案に対する答弁

原告の主張事実のうち、被告が訴外山辺春市の請求に基いて、本件農地を基準日現在において仮裝自作地にあたるものとして、原告主張の日附でその買收計画を定めたこと及び本件農地が参加人一生の所有に属することは認めるが、その他の点はすべて否認する。

(1)  本件農地の管理者である原告は昭和二十年九月中旬山辺春市の妻キミに対し本件農地の耕作を依頼したので、山辺夫婦は同年秋には麦を植え、その小作料として小麦三斗、大麦六斗を原告に納めた。昭和二十一年大豆、小豆作の時より、原告から山辺に対し共同耕作の申入れがあつたので、種子は半分づつ出し合い、牛耕は坂本彌三郎が從事し、肥培管理は山辺春市に於て從事し、刈取りは原告と山辺との共同作業として、作物は原告と山辺が半分づつ分けた。その後昭和二十二年秋から、本件農地の内二百三十一番地及び二百三十二番地の二筆は山辺が賃借耕作し、二百三十番地は、原告に於て自作することに約束がきまつたが、原告は右二百三十番地を事実上は耕作しなかつた。以上の通りの経過であつて、昭和二十年十一月二十三日現在に於ては、本件農地は仮裝自作地であつて、実際は山辺春市が耕作に從事していたものであるから、被告は、同人の請求により、自作農創設特別措置法第三條第五項第二号第六條の二、第六條の四を適用して、本件農地を遡及買收したのである。なお、本件農地は昭和二十年九月の水害の結果水田から畑に変つたものであるから、同年中水田の耕作を原告方で自作したからといつて、同年十一月二十三日の基準日当時に於ても当然原告方の自作地と認めなければならぬわけのものではない。

(2)  原告方の本職は農業ではなく、原告の本職は漁業であり、参加人は給料生活者である。しかも昭和二十三年度に於ける原告の町民税は金千円(平均町民税九百円)であつたのに対し、山辺春市の村民税は金三百四十二円(平均村民税七百五十円)であつて、本件農地の買收により原告方の生活状態が山辺方の生活状態より著しく惡化するとは考えられないから、被告のなした本件農地の遡及買收計画が違法となるわけはない。

(3)  本件農地の地続きにある参加人所有の三筆の農地約五畝歩は、本件農地の買收計画を立てた際、原告方の自作地として買收から除外せられたものであるが、その後、原告は昭和二十四年度より右三筆の農地を自作せず、共同耕作名義で、実際は訴外山本ハナに耕作せしめて、その收獲物を同人と山分けしているのである。從つて、右五畝の農地もまた本件農地と同じく仮裝自作地となつているのである。原告方の住宅と本件農地の所在地とは一里半も離れて居り、且つ原告は農耕に精進する能力もないのに拘らず、原告は單に飯米確保の目的のみを以て、本件農地及び前示三筆の農地を脱法的に仮裝自作したものである。從つて、農地改革の精神に照しても、本件農地の買收は当然のことである。

(三)  本案前の抗弁に対する原告の主張に対する答弁

原告主張事実中、本件農地の所有者である参加人が原告の長男であり原告と同居していること、同人が昭和十九年應召して原告主張の日に帰還したこと、本件農地買收計画が原告主張のような経緯によつて定められたものであること、原告が原買收計画に対しその主張の通り異議訴願をなしたこと、原告主張の日訴願書の還付と同時に原買收計画の取消及び本件買收計画の各通知が原告方に到達したこと並びにその時にはすでに本件買收計画に対する縱覧期間が経過していたことは認めるが、その他の点は否認する。(立証省略)

四、理  由

第一、本件訴の適否について

原告の本件訴に対し、被告指定代理人は、本案前の抗弁として、先ず、(1) 原告は、別紙目録記載の本件農地の所有権者でないから、当事者適格がないと主張するので、この点について判断する。

本件農地の所有権者が原告でなく、参加人であることについては、原告も自認している。しかし、本訴は、行政廳たる被告のなした本件農地買收計画の取消を求めるいわゆる抗告訴訟であるから、右訴訟の原告たるべき者は、右取消を求めるについて法律上の利益を有するものであれば足りるわけである。ところで、原告の主張するところによれば、参加人は原告の長男であり、且つ原告と同居しているばかりでなく、参加人が昭和十九年應召して昭和二十二年九月二十八日帰還するまでの不在中は勿論、その後も引き続き現在に至るまで原告において本件農地を管理し、その耕作の業務を営んで來たというのである。いつたい農地の権利者が同時に耕作の業務を営む者(耕作主)である場合が通常の場合であろうけれども、たとい農地の権利者と耕作主とが異なつていても、互いに同居の親族の関係がありさえすれば、右通常の場合と同視しようとする自作農創設特別措置法第二條第四項の趣旨から考えてみて、原告は、本件農地の買收計画の取消を求めるについて、法律上の利益を有するものということができる。そうしてみると、原告が本訴における当時者適格を有することは明白である。

(2) 次に、原告は、本件農地買收計画に対して異議の申立及び訴願を経ていないから、本訴は不適法であると主張するのでこの点について考えてみる。

原告が本訴提起前に本件農地買收計画について異議の申立及び訴願をしていないことは原告の自認するところである。いつたい行政訴訟については、当該行政処分について行政廳に対し異議の申立、訴願等の不服の申立ができる場合には、これに対する決定、裁決を経た後でなければ訴を提起することができないたてまえである。しかし、それは、要するに、当該行政処分について行政廳に対し一應反省再考の機会を與える趣旨に止まるのであるから、国民の権利を保護する上からみて正当な事由がある場合には、異議の申立、訴願等の手続を経ないで直ちに訴を提起することも認められているのである。ところで、被告が、はじめ本件農地を前記山辺春市の小作地として自作農創設特別措置法第三條第一項及び第二項を適用して昭和二十三年七月三十日原買收計画を定めたので、即日参加人から被告に対して異議の申立をしたところ、同年八月十九日右申立が却下されたので、同年九月一日島根縣農地委員会に訴願したのであるが、そのうちに、被告が、同年十月十一日附で原買收計画を取消し、同日附で本件買收計画を定めたこと、そして、同月三十一日前記訴願書の還付と同時に前記各処分の通知が原告方に到達したこと、並びにその時にはすでに本件買收計画に対する縱覧期間を経過していたことは、当事者間に爭がない。以上の事情から考えてみれば、前記の通知が到達するまで、原告がまだ訴願の審理が続けられているものと信じて居り、本件買收計画の立てられたことを夢にも気が付かなかつたことは一應尤もであり、そうだとすれば、縱覧期間を経過したことについて、これを全く原告の責に帰するのは過酷である。しかも、本件買收計画については、原買收計画に対してすでに異議の申立をし、更に訴願をなしている以上、もはや事実上行政廳に対する一應の反省再考の機会を與えたものといえるのであるから、本件買收計画に対して改めて異議訴願等の手続を経ることを要求することは、訴願前置主義本來の趣旨に照らして必ずしも妥当でないばかりか、かえつてこの上の時間と費用と手数とをかけることは国民の権利保護を全うする所以でない。從つて、かような場合こそ行政事件訴訟特例法第二條但書にいわゆる正当な事由がある場合に該当するものと解するのを相当とする。

結局、被告の本案前の抗弁は、すべて理由がなく、原告の本訴は適法である。

第二、本案の当否について

被告が訴外山辺春市の請求に基いて、本件農地が昭和二十年十一月二十三日の基準日現在において仮裝自作地にあたるものとして、昭和二十三年十月十一日附で基準日現在の事実に基きその買收計画を定めたことについては、当事者間に爭がない。ところで、原告は、本件農地は純然たる自作地であつて仮裝自作地ではないと主張するので、果して本件農地が右基準日現在においていわゆる仮裝自作地であるかどうかについて判断する。

いわゆる仮裝自作地とは、形式上は自作地でありながら、実質上は小作地と見られ得る程度に他人に耕作させているものを指称するのである。從つて、農地の所有者が当該農地で事実上耕作しない場合は固より、たとえ所有者が当該農地で或る程度の耕作に從事する場合でも、その耕作の過程たる作業の主要部分が日傭労務者以外の者によつてなされ、実質上小作地と見られ得る程度に達したものは仮裝自作地であるといわねばならない。

さて、本件農地はもと水田であつたが、原告方居宅から一里余りも離れていて耕作に不便であるため、昭和十九、二十の両年度には高井安一を日傭に使つて耕作に從事せしめる一方植付、除草、刈入には原告及びその家族が右高井と共にこれに從事し、肥料として海草や灰を原告が入れたこと並びに昭和二十年秋刈取つた稻を原告が本家にあたる黒川長生方へ運んで脱穀したことは、成立に爭のない甲第十号証の二、証人村上善友、同高井安一の各証言で明らかであり、これによつてみれば、原告は、昭和十九年頃から本件農地で自ら耕作に從事して來たものであることが認められる。

しかるに、証人高井安一、同山辺春市、同山辺キミの各証言竝びに原告本人訊問の結果(以上いずれも後記認定に反する部分を除く)によれば、本件農地は昭和二十年九月十七日頃の水害により土砂が流れ込んだために、土砂の整理がつくまでは畑として利用する外ない状態になつたこと、その整理復旧及び耕作のために、同年十月頃原告が山辺キミを通じてその夫たる山辺春市に対し收穫を分けることの約束で手傳いを頼み、本件農地に麦をまいたこと、昭和二十一年六月麦の收穫後は大豆や小豆を作り、その後はまた麦を作つたが、原告と山辺とは、種子も半々、肥料も半々、收穫も半々にしていたこと、その間原告が本件農地及び隣接自作地の牛耕を坂本彌三郎に頼み、その賃料を支拂つたこともあり、前記山辺が本件農地で耕作に從事するようになつてからも、やはり、原告及びその家族は、本件農地で耕作に從事していたものであつて、本件農地について耕作の過程たる作業の全部又は主要部分が前記山辺によつてなされているものではなく、純然たる共同耕作の状態に在つたことを認めることができ、証人山辺春市、同山辺キミ、同佐々木弘の各証言並びに原告及び被告代表者(第一、二回)各本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に右の認定を左右するに足る何等の証拠も存在しない。そして以上の如く純然たる共同耕作がなされている農地は、自作農創設特別措置法第三條第五項第二号にいわゆる仮裝自作地にはあたらないものといわねばならないから、本件農地が基準日現在に於て仮裝自作地でなかつたことは明白である。從つて、本件農地を仮裝自作地としてその対象とした本件農地買收計画は、すでにこの点において違法であるから、その他の爭点について判断するまでもなく、これを取消すべきものである。

そこで原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 松本冬樹 組原政男 浜田治)

(目録省略)

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